“うつうつ”した気分が続くと次第に“寝入りが悪く、何度も目が覚める”、仕事も思うに任せず、根気をなくす“こころの疲労”に陥りがちです。精神的ストレスによる気分不良(不安)、睡眠障害、易疲労感などが数週間を超えると、次のような体調不良に見舞われます。 例えば、「頭が重い・頭がカッカする、目が痛い、耳鳴・耳が圧迫される、体がふらつく、肩が凝る、吐き気・食欲の低下、動悸・胸が苦しくなる、手先の震えやしびれ」などがあげられます。ライフスタイルに支障を来すこれらの症状は、こころの疲労による自律神経の機能異常によるものです。
当院では仕事や対人関係など心理・社会的ストレスによる“心の疲労”と“脈の揺らぎ”との関連に注目した検討を進めています。注目した理由は脈の揺らぎが自律神経によりコントロールされているからに他なりません。
脈の揺らぎに関する自動分析はホルター心電図法によりデジタル収録された心電図を用いて行います。まず、下に示す心電図をご覧ください。
(数値は脈の間隔を意味します。単位はミリセカンドです)
みられますように、肉眼で同じ間隔に見えてもコンピューターを使い1/1000秒単位で測定しますと、脈(心拍)の間隔は微妙に変化しています。この脈の揺らぎ現象は自律神経により生じます。自律神経のうち、交感神経は脈を早くするように作用しますが、副交感神経は逆に遅くするように働きかけます。つまり、脈の間隔はこの両者が相反し合うことで微妙に揺らぎます。
では、うつ状態にある方と、そうでない方の場合、脈の揺らぎにどのような違いがあるのでしょうか。その違いや当院のテーマである“うつ状態の視覚的診断への応用”などを取り上げ、脈の揺らぎ分析から得られる画像情報を用いて解説いたします。
第1回: 脈(心拍数)の揺らぎを分析して得られる自律神経の三次元画像
心臓に入力される自律神経の活動情報は、コンピューターで分析処理する際にいろいろな周期をもつ周波数が低い周波数成分と高い周波数成分の2種類に分けられます。この分析方法は光をプリズムでみると七色の虹になる原理と同じものです。画像にあるLF、HF成分は次のように理解されています。
- 低い周波数成分: 主に交感神経活動を反映するLF成分
- 高い周波数成分: 副交感神経活動を反映するHF成分
三次元画像ではLF成分が緑色、HF成分が青色で表示されます。なお、黄色の成分は統一的な見解がなされていませんでしたが、現在は当該成分が超低周波成分と命名され交感神経の活動性を意味するとされています。
画像の縦軸はLFとHFの日内変動に伴う活動性の変化を示しています。上に示す画像は午後10時から翌朝6時までの夜間睡眠時の分析結果です。夜間睡眠時は全身の細胞に必要な酸素消費量が昼間に比べて減るため、心臓の拍動回数が少なくなります(専門用語では徐拍化といいます)。徐拍化するメカニズムは交感神経の活動性が弱まる一方で、副交感神経活動は活発化するためです。このことは画像情報からして一目瞭然です。
第2回: うつ状態にある方とそうでない方の違い
Aさんは喪失体験から次第に気分が落ち込み、夜中に何度も目が覚める、お腹も空かず食事も一日一回ほど、疲れやすく、仕事も続けられなくなり初診。診察時は表情に生彩さを欠き“何かしようと思うけどできない、体が鉛みたい、すぐにばてる、体重が2ヶ月で6キロほど減って”と述べられました。
Bさんは、ある部署を任されスタッフを気遣いながらの業務。一ヶ月過ぎた頃には頭が割れるように痛い、眠れない、髪の毛に触っただけで頭痛がする、気分が滅入ると言い初診。診察した際、“鎮痛剤で効かない、体がカッカする、仕事に集中できず気持ちが空回りする”と訴えられました。
AさんとBさんの症状は“うつ状態”の方々によくみられる精神面と身体面の不調です。また、お二人の“うつ状態”の程度は心理検査の結果、同じ程度と判断されました。ところが、脈の揺らぎを分析したところ、お二人の“うつ状態”に対する自律神経の反応には確かな違いが認められました。
では、AさんとBさんの自律神経、“うつ状態”に一体どのような反応を示されたのでしょうか。それについて解説いたしますが、ここで今一度、自律神経の機能について簡単に触れます。
自律神経は、交感神経と副交感神経の2種類からなりますが、各々の役割は日常生活している次のような場面で鮮明となります。
交感神経(画像の緑色した波でLF成分といいます):昼間活動している際の主役を演じます。例えば、“走ったり、びっくりする、緊張したりすると、心臓がドキドキする、口の中がカラカラになる”のは、交感神経の活動が活発化するためです。“戦闘準備”担当の神経といえます。
副交感神経(画像の青色の波でHF成分といいます):食事中に唾液を分泌する、消化管の働きを高める、夜間睡眠時など心身ともにリラックスしている際に活動が活発化します。“エネルギーを蓄える”機能をもつ神経と言われる所以です。
つまり、交感神経が“動”であるなら、副交感神経は“静”とご理解ください。
(画像情報の解説)
○脈の揺らぎ分析の時間帯:午後10時から翌朝6時にかけての8時間です。
まず、Aさんの画像をみてみますと、LF成分はうつ状態にない方に比べて多少増えていますが、HF成分は明らかに減少しています。Bさんの場合、HF成分は“うつ状態にない方”と同じくらい増えています。その反面、昼間の戦闘を終え活動が低下するはずのLF成分、その増え方は、時間帯に関係なくHF成分より優勢です。
○AさんとBさんの共通点:夜間睡眠時のLF成分とHF成分の力関係は、“うつ状態にない方”に比べますと、LFとHFの力関係が逆転していることがおわかり頂けると思います。ですので、脈は夜間帯でありながらも必然的に早いままの状態が続きます。夜間帯にリラックス感を与えるはずのHF成分が劣勢を強いられるため、AさんもBさんも寝苦しく途中で何度も目が覚めるのは“なるほど”とうなずけます。HF成分の劣勢状態が長期間続けば不眠症になることが予測されます。寝入りの悪い“入眠障害”、眠った気がしない“熟眠障害”などの睡眠障害はライフスタイルにいろいろな不利益をもたらします。
例えますと、精神面は“疲れやすい、疲れやすい故に仕事に集中できない、イライラする、些細なことに怒りっぽくなる、考えがまとまらない、やる気が湧かない、憂うつで何事につけ楽しめず億劫”など多彩です。身体面も“とにかく頭が痛い重い、頭がカッカして足が冷える、ピーンとした耳鳴がする、胸がドキドキして苦しい、吐き気がして食欲がない、手がしびれてふるえる、腰が痛い、背中が焼けるようだ”など、さまざまです。
○次に、AさんとBさんの“うつ”の画像情報は、なぜ違うのでしょう。
それは、“うつ状態”を引き起こした疾病の違いが関係しているように思えます。“うつ状態”は「うつ病、神経症、パニック障害、心因性反応、PTSD、最近マスコミで登場する適応障害」などいろいろな疾病で生じます。“うつ状態”の原因が多岐にわたること自体、“胃が痛い”という症状が「胃炎、胃十二指腸潰瘍、狭心症」など複数の疾病で生じることと同じです。
では、AさんとBさんの“うつ状態”を来した疾病、下の表にある相違点からAさんが“うつ病”、Bさんが“心因反応”と診断しました。
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Aさん |
Bさん |
表情 |
悲痛様で生彩さを欠く |
苦痛様 |
受け答え方 |
言葉数が少ない、トボトボした口調で、アクセントに乏しい |
苦しい胸の内を強い調子で訴えられ、不安イライラ状態にあることが感じとれる |
意欲面 |
無力感や何事にも億劫で、エネルギー感に乏しいのが印象的 |
現状を打開し頑張りたいというエネルギー感が印象的 |
うつ状態は増えていることに間違いないのですが、その多くはBさんのように明らかな心理・社会的ストレスによる心因性反応もしくは反応性うつ病によるものとされています。さらに、最近の知見では、その中に適応障害と目される方々が多く含まれるとの記載も散見されます。
○治療開始する場合
Aさんの第1選択剤は抗うつ剤中心の治療になりますが、Bさんは抗不安薬や漢方薬(半夏厚朴湯・加味逍遙散など)主体の薬物療法により比較的短期間(10日前後)で効力を発揮する印象を受けます。
当院で検討中の“うつ状態”の画像情報は、その原因となる疾病を客観評価するための視覚化や治療薬の第1選択剤を決定する際に活用しています。また、脈の揺らぎ分析による画像情報は患者さんに説明しながら印刷された写真を患者さんと治療者とで共有することを基本原則としています。
CさんとDさんでは、年齢に違いがあるものの、画像情報は、かなり共通しています。リラックス感を約束してくれるHF成分(副交感神経)は、夜間帯に入るやいなや、いかんなくその役割を果たしています。2枚の写真を見る限りはお二人ともリラックスした眠りについておられるのが伝わってきます。治療者側がホッとする画像でもあります。
第3回:うつ状態に対する診断的アプローチ
心の羅針盤は仕事のつまずき、人間関係のトラブルなどを抱くことで“不安、つらい、イライラする、悲しい”などマイナス感情へと向きを変えます。この感情の変化は専門用語で“情動”といい、情動が長く続くことで“不安感、自責の念、焦燥感、悲哀感”という“気分”に陥ります。
人は心理学的負担=“精神的ストレス”由来の不快な気分を感じる時、性格という“術”で立ち向かいます。性格的に明るく社交的で失敗への拘りが比較的少ない方は“うつうつ気分”を発散する意味で“お酒を飲んで気分をまぎらす、いろいろな趣味に時間を費やす”ことにより精神的ストレスに応戦し環境に順応します。
でも、話しが苦手で無口であるとか、周りに気を使いすぎる、几帳面、失敗などに拘りやすい方はストレスのシャワーを浴びやすく“捕らわれの身”になりがちです。やがては先述しました“うつ”的気分が仕事面や日常生活面に支障を来し医療機関への受診をやむなくされます。
医療機関では受診されるに至った経緯、今の気分、体調面などについて問診されます。さらに、診察の結果“うつ状態”と診断された方はご自身で記入するアンケート方式の心理検査が行われます。
“うつ状態”の治療は診察時の精神状態像や心理検査の結果などを参考に開始されます。日常診療でよく遭遇する場面として、「怒り、イライラ感、不眠や頭痛」などを強く訴えられる患者さんの場合、心理検査は重症と判定される傾向にあります。だからといって、薬物療法は必ずしもいきなり抗うつ剤が最初に選択されるわけではありません。
IT技術が浸透した医療の現場では、ほとんどの診療科で画像による診断と治療が行われています。もちろん“うつ状態”についてもPETやSPECTと呼ばれる画像による診断や治療がなされていますが、これらの検査法は特定の医療機関に限られます。
当院で検討を続けております“うつ状態”の画像情報はホルター心電図で記録された脈(心拍)の揺らぎ分析によるものです。微妙に揺らぐ脈の間隔に注目した理由は“うつ状態”にある多くの患者さんが、そうでない方に比べ“脈が速い”(専門用語では、頻脈化・頻拍化いいます)という客観的な事実があげられます。“うつ状態”に見舞われた方は、なぜ脈が速くなるのか。その疑問が原点となり当院では脈の間隔を決定する自律神経と精神的ストレスとの関連を画像化して“うつ状態”の診断と治療に活用しています。
以下に1979年、山下格先生が提唱されました“ストレスと自律神経との関連”について三次元画像を供覧しながら解説いたします。
第4回:自律神経は精神的ストレスにどう向き合っているのでしょう
心理社会的ストレスにより生じる感情の変化と自律神経との関連性について触れます。感情の変化と自律神経機能との関連は1979年(昭和54年)、中山書店出版の現代精神医学大系のなかで山下格先生が記載されています。
ストレスと自律神経とを関連づけた山下分類は理解しやすいため、心療内科関連のテキストやネット上で好んで引用されています。
表に示しますように山下格先生は情動の性状を大まかに四つのパターンに分類され、自律神経がどのように反応するかを示されています。表の記号のうち、+はストレスにより自律神経機能の活動が亢進(活発化)することを意味します。活発化の程度は+~+++の3段階からなります。一方、-は逆に自律神経機能が低下(減弱化)する場合です。そこで、パターン1を除く各パターンについて自律神経の画像情報を交えながら解説します。
山下分類による精神生理反応の4つのパターン
情動の正常\自律神経反応 |
交感神経 |
副交感神経 |
急性の恐怖、憤怒、愕然
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+ + + |
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持続する不安、緊張、怒り、興奮、イライラ感
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+ + |
+ + |
安らぎ、平穏、休息など
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+ |
失望、憂うつ、億劫など
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パターン2~4に関する画像情報は、午後10時から翌朝6時までの連続8時間、本来なら安らかな眠りにつき心身ともにリラックスして脈が遅くなる時間帯を分析して得られたものです。
なお、パソコンの画面上に表示されます画像情報は自律神経のうち、交感神経の活動が緑色、副交感神経が青色の波形で表示されます。
(画像情報に関する簡単な説明です)
①交感神経活動の指標となる成分: LF成分(図中の緑色)
②副交感神経活動の指標となる成分: HF成分(図中の青色)
③LF/HF(交感神経活動の指標とされています): LFとHFとの比率
④総合成分: LF成分とHF成分の和を意味します。
パターン1(突然の恐怖、憤怒、愕然)、パターン2(持続する不安、緊張、怒り、興奮)、パターン3(安らぎ、平穏、休息など)、パターン4(失望、憂うつ、億劫など)
パターン1 (急性の恐怖、憤怒、愕然)
“鋭い視線をしたドーベルマンが突如目の前に現れる”
このような場面に直面しますと、だれしも激しい恐怖心から瞬時に髪が逆立ち心臓がドキドキして脈も速くなります。この役割を演じるのが自律神経です。自律神経は危険を察知した瞬間から迅速に反応し、一刻も早く身の危険から逃れ安全な場所に走り込む準備をします。
とにかく一刻を争う場面、走り出す前に“ペットボトルの水で喉の渇きを癒す、腹ごしらえをする”など、そんな余裕はありません。胃や腸などの消化器系は安全な場所に逃れるまで必要最小な機能さえあれば、なんら差し支えありません。早い話、消化器系を循環している血液は必要最小量で済むわけです。それ以外の血液は手足の血管が開くことで走る臓器である筋肉へと動員されます。脈も速くなりますので、筋肉には普段よりはるかに多量の血液が送り込まれます。さらに、全速力で走るには多くの酸素を必要とするため空気の通り道である気道が拡張します。また、忘れてならないのは安全な場所を探し出すため視界をより広くすることが急務なため瞳孔が大きくなります。
このような一連の変化は生体防御の最前線を担う自律神経のうち、交感神経の機能が急速に活発となり、副交感神経機能が逆に低下してしまう“パターン1”の反応によるものです。
補足)食後に直ぐキャッチボールなどの運動をすると、吐き気がしたりして気分が悪くなります。その理由は、いたって簡単。食事中は当然のことながら食物を消化しなければならないため、唾液や胃液など消化管液が多量に分泌されます。これは副交感神経機能が活発化するためです。にもかかわらず、食べるやいなや運動するということは消化管活動を促進している副交感神経の機能が弱まり“行動の主役”である交感神経機能が活発化するからに他なりません。つまり、食後直ぐに運動することは自律神経が“鋭い視線をしたドーベルマンが突如目の前に現れる”活動パターンへと切り替わるのと同じ反応に例えられます。
パターン2(持続する不安、緊張、怒り、興奮、焦り)
画像情報の右側に記しました①~④の数字は、交感神経と副交感神経の活動を数字に置き換えたものです。
クラブ活動で何度も叱責されているうち、次第に部活への参加が遠のき、勉強も投げやりとなり、寝入りも悪く疲れやすさを覚えて初診。診察した際、何か楽しみにしていることはと尋ねると、町内主催のクラブ活動に参加することと答えられました。
- ①LF成分: 1284
- ②HF成分: 1216
- ③LF/HF: 1.1
- ④総合成分: 7090
几帳面な性格で希望した会社に就職したものの、入社後は周囲になじめず、2ヶ月ほど前から耳の圧迫感、後頭部の違和感、夜間に何度も目が覚めて熟眠できない、朝起床してから体がだるい、仕事に集中できずにミスが目立つため初診。
- ①LF成分: 4754
- ②HF成分: 2800
- ③LF/HF: 1.7
- ④総合成分: 15821
職務内容はデータを入力するデスクワーク。数ヶ月ほど前に同僚のスタッフが辞めたあおりを受け仕事量が増え帰宅が不規則になる。その後は寝付けず、朝起床時の気分不快、手足のしびれ、発刊、激しい動悸に見舞われ、心身ともに最悪と言い初診。
- ①LF成分: 1713
- ②HF成分: 712
- ③LF/HF: 2.4
- ④総合成分: 8491
ノルマを果たすべく仕事に忙殺されるなか、家族の看病や家事を切り盛りしているうち、夜間に数十回も目が覚める、とにかく疲れる、気分が落ち込む、イライラしていたたまれない、嘔気、胸がキリキリする、動悸、耳鳴など多彩な自律神経症状に耐えかね初診。
- ①LF成分: 1350
- ②HF成分: 1162
- ③LF/HF: 1.2
- ④総合成分: 4649
部署の責任者になって以来、割れるような頭の痛みで眠れない、判断力が鈍り仕事への意欲も湧かず初診。画像情報を参考に抗不安薬のみを投与。その数日後には同居中の母親から「息子が久しぶりにいびきをかき眠るようになりました」という電話を頂きました。
- ①LF成分: 836
- ②HF成分: 472
- ③LF/HF: 1.8
- ④総合成分: 4874
孫や実娘の病気を看病しながら自らも転倒して骨折するなど、ストレスフルな環境にさらされる。その後は気分が滅入る、寝ても起きても身のおきばがない体のだるさ、不眠、頭重感、めまい、胸痛、くちびるの半分がしびれるなどしたため初診。
- ①LF成分: 975
- ②HF成分: 508
- ③LF/HF: 1.9
- ④総合成分: 5190
リストラされて以後、求職活動をしたものの、希望する職種はなかなかみつかることなく数ヶ月が推移。この頃より「将来が不安で気持ちだけが焦って気分が落ち込む毎日、眠れない、頭がのぼせて足が冷たい、体全体が震える、胸がつかえる」と訴え初診。
- ①LF成分: 630
- ②HF成分: 188
- ③LF/HF: 3.3
- ④総合成分: 6332
7名の方々は診察時の問診などから心理社会的ストレスが密接に関係した心因反応と考えられましたが、最近になり増えている抑うつ状態は、その多くが心理社会的ストレスにより生じる心因反応とされています。7名の方々は共通する精神状態像として「話し方に比較的アクセントが保たれている、仕事に集中できない、睡眠リズムの乱れによる易疲労感、積もり積もった不満、怒り、不安イライラ感などに加えて自律神経由来の多彩な身体症状」などを異口同音に訴えられました。その一方で、生気のなさであるとか、億劫、睡眠過多、短期間での著しい体重減少などは認められませんでした。
(パターン2についての画像情報)
○LF・HF成分は山下分類にあるように、いずれも高値化していますが、その度合いは、LF成分がHF成分に勝ります。
○LF/HFが1以上であるため、脈は夜間帯であっても頻脈が持続することなどがあげられます。
(パターン2の薬物療法)
心因反応と診断されパターン2の画像情報が得られた場合、第1選択薬として抗うつ剤(SSRIやSNRIなど)を投与することは、いささか問題があるように思えます。なぜなら仮に自己記入式の心理検査(SDS、BDI)などで抑うつ状態にあるものと判定されても、パターン2と後述しますパターン4では画像情報が明らかに異なるからです。したがって“抑うつ状態=いきなりの抗うつ剤投与”には慎重さが求められます。
心理社会的ストレスと抑うつ状態が密接に関連してパターン2の画像情報が得られる場合は第1選択薬として抗不安薬や既述しました漢方薬が好ましいように思えます。
日常診療において精神面や身体面の症状は、抗不安薬の単剤投与により比較的短期間(数日から数週間)に軽減もしくは改善される方々が多い印象を受けます。
パターン4(絶望、憂うつ、億劫)
画像情報からLFとHF成分がいずれも低く、山下分類のパターン4と判定された7名の方々について解説します。7名の方々はパターン2の心因反応と同様に抑うつ状態に陥った際、程度の差はあれ多く何らかのエピソードが関係しているように思えます。その反面、心理社会的ストレスに基づく心因反応の方々とは、次のような点で異なる印象を受けます。
話し方:抑揚に乏しい口調、落ち込んでしまった心境や体調不良を弱々しく訴えられ、受け答えも単調で言葉数も少ない。
表情:魂でも抜かれたかのようで、やつれ果てた表情(無表情)。
返答内容:考えがまとまらないせいか、問いかけに対し戸惑いを隠せない様子で“分からない、分かりません”と返答、記憶がとぶ(注意集中能の低下)、“自分がいるため家族に迷惑をかける、生きていても役に立たない”という悲観的な思いこみ(微小妄想)など。
周囲(環境)との関係:会社を休んでいるのに気分が楽にならない、どこで何をしていても憂うつで気分が晴れない(抑うつ気分が環境の変化に左右されにくい)。
日常生活(行動)面:普段、何げなくこなしていた家事(洗濯、炊事など)、お風呂に入らなくては、起きて立って歩いてと思いながらも億劫なためできない(精神運動制止)、テレビや新聞もみる気になれない(無関心)、ぼんやりして1日中横になっている(茫乎無為)、空腹感に乏しく食事の摂取量が極端に少ない(体重がわずか1ヶ月足らずで5kg以上減る(病的体重減少)、しかたなく食事を口にしても砂をかむようで美味しくないなど。
- ①LF成分: 83
- ②HF成分: 23
- ③LF/HF: 3.7
- ④総合成分: 733
- ①LF成分: 139
- ②HF成分: 135
- ③LF/HF: 1.0
- ④総合成分: 1484
- ①LF成分: 3
- ②HF成分: 3
- ③LF/HF: 1.2
- ④総合成分: 135
- ①LF成分: 45
- ②HF成分: 30
- ③LF/HF: 1.5
- ④総合成分: 389
- ①LF成分: 60
- ②HF成分: 23
- ③LF/HF: 2.6
- ④総合成分: 804
- ①LF成分: 37
- ②HF成分: 30
- ③LF/HF: 1.2
- ④総合成分: 843
「度重なる喪失体験に見舞われた40歳代の男性」
数ヶ月ほど前、ある事情で職場を去ったスタッフのことが頭から離れず、仕事も滞るようになる。その後、気分が晴れず、不眠による易疲労感、仕事に集中できない、食欲がなく、前日の記憶も一部思い出せなくなる状況に陥り初診。
- ①LF成分: 380
- ②HF成分: 139
- ③LF/HF: 2.7
- ④総合成分: 2739
治療を開始してから数ヶ月が経過した頃に記録
抗うつ剤を投与して数ヶ月が過ぎた頃、親族の訃報にショックを受ける。以後は全身がだるく「何をするわけでもなく、何をする気もなく、ただただやる気が湧かない、横になりぼんやりして過ごす毎日」と言われました。
- ①LF成分: 112
- ②HF成分: 21
- ③LF/HF: 5.3
- ④総合成分: 824
心理社会的ストレスを契機にパターン4の反応を示され、うつ病(ことに生気的)と診断された方々は、パターン2と比較しますと次のような相違点と類似点があげられます。
- ⅰ.パターン2はLF、HF成分がともに高値化するのに反して、パターン4では逆に両成分が低値化します。
- ⅱ.パターン2、4のLF成分とHF成分の相対的関係についてみてみますと、両者のパターンは、LF成分が優勢であるという点で類似します。したがって、パターン2、4に該当する方々は抗うつ剤を投与する以前から頻拍化しがちです。抗精神薬物は程度の差はあれ抗コリン作用により頻拍化するとされています。しかし、頻拍化は当院で検証した限り「うつ状態」が第1義的要因との可能性が高いものと推察されます。従来から指摘されている抗コリン作用による頻拍化、もしそうであれば投薬前に比較して頻拍化の程度は増悪して然るべきと思われます。ですが、そのような方々はホルター心電図における周波数領域で解析した限り立証できませんでした。
パターン3(安らぎ、平穏、休息)
“うつうつした気分”ではない場合、夜間帯はどんなに寝癖が悪い方であっても、熟眠することで身体の要求する酸素必要量が少なくなります。ですから、脈も必然的に遅くなります。この徐拍化は既述しましたように副交感神経活動が活発化する一方で、交感神経の活動性が低下するためです。日常生活のなかで“安らぎや休息する場面”、例えば熟眠している夜間の時間帯に限らず、昼間に“うたた寝”していても自律神経は徐拍化するように反応します。以下に徐拍化を規定する自律神経の活動情報を三次元画像で説明します。なお、各年代の方々から得られた画像情報は抑うつ状態にない方々について記録したものです。
みられますように、抑うつ状態にない方は夜間帯から早朝にかけて心拍数(脈拍数)を遅くする副交感神経の活動が逆の作用を有する交感神経に対して優勢に推移します。パターン2やパターン4の画像情報とは明らかに異なります。また、熟眠されている時間帯は年齢や性別に関係なく副交感神経活動が優勢なためLF/HFが1以下になります。
抑うつ状態にない方の場合、夜間帯のLF、HF成分およびLF/HFの各平均値は現時点で次のような成績を得ています。
- LF成分: 264ms2
- HF成分: 448ms2
- LF/HF: 0.6
下の表には7名の方々から得られた交感神経と副交感神経の活動情報を数字に置きかえて示しています。なお、自律神経活動は同じ年齢層であっても多少の個人間格差があります。