Aさんは、ある喪失体験から次第に気分が落ち込み、夜中に何度も目が覚める、お腹も空かず食事も一日一回ほどで、疲れやすく、仕事も続けられなくなり初診。
診察時は、表情に生彩さを欠き、“何かしようと思うけどできない、体が鉛のようで、すぐにばててしまう、体重が二ヶ月で6キロほど減って”と、張りのない口調で述べられました。

Bさんは、ある部署を任されて以後、スタッフを気遣いながら、業務に追われる日々が続いている。一ヶ月過ぎた頃には、頭が割れるように痛く眠れない、髪の毛に触っただけで頭痛がする、イライラして気分が滅入ると言い初診。
診察した際、“鎮痛剤で痛みがまったくとれない、体がカッカしてしびれる、仕事に集中できず気持ちが空回りする”と訴えられました。

 AさんとBさんの症状は、“うつ状態”の方々によくみられる精神面と身体面の不調です。
また、お二人の“うつ状態”の程度は、心理検査の結果、同じ程度と判断されました。ところが、脈の
揺らぎを分析したところ、お二人の“うつ状態”に対する自律神経の反応には、違いが認められました。
 
では、AさんとBさんの自律神経、“うつ状態”に一体どのような反応を示されたのでしょうか。
それについて解説いたしますが、ここで今一度、自律神経の機能について簡単に触れます。

 自律神経は、交感神経と副交感神経の二種類からなりますが、各々の役割は、日常生活している次
のような場面で鮮明となります。

 交感神経(画像の緑色した波で、LF成分といいます):昼間活動している際の主役を演じます。例
えば、“走ったり、びっくりする、緊張したりすると、心臓がドキドキする、口の中がカラカラにな
る”のは、交感神経の活動が活発化するためです。“戦闘準備”担当の神経と言われています。

 副交感神経(画像の青色の波で、HF成分といいます):食事中に唾液を分泌する、消化管の働きを
高める、夜間睡眠時など心身ともにリラックスしている際、活動が活発になります。“エネルギーを
蓄える”機能をもつ神経と言われる所以です。

    つまり、交感神経が“動”であるなら、副交感神経は“静”ということになります。

(画像情報の解説)
○脈の揺らぎ分析の時間帯:午後10時から翌朝6時にかけての8時間です。
 まず、Aさんの画像をみてみますと、LF成分は、うつ状態にない方に比べて、多少増えていますが、
 HF成分は、明らかに減少しています。Bさんの場合、HF成分は、“うつ状態にない方”と同じく
 らい増えています。その反面、昼間の戦闘を終え活動が低下するはずのLF成分、その増え方は、時
 間帯に関係なくHF成分より勝っています。

AさんとBさんの共通点:夜間睡眠時のLF成分とHF成分の力関係は、“うつ状態にない方”
 比べますと、LFとHFの力関係が逆転していることがおわかり頂けると思います。ですので、
 脈は、夜間帯でありながらも、必然的に早いままの状態が続きます。夜間帯にリラックス感を与
 えるはずのHF成分が劣勢を強いられるため、AさんもBさんも、寝苦しく、途中で何度も目が
 覚めるのは、“なるほど”とうなずけます。HF成分の劣勢状態が長期間続けば、不眠症になるこ
 とが予測されます。寝入りの悪い“入眠障害”、眠った気がしない“熟眠障害”などの睡眠障害は、
 ライフスタイルにいろいろな不利益をもたらします。

 例えますと、精神面は“疲れやすい、疲れやすい故に仕事に集中できない、イライラする、些細
 なことに怒りっぽくなる、考えがまとまらない、やる気が湧かない、憂うつで何事につけ楽しめず
 億劫”など、多彩です。身体面も、“とにかく頭が痛い重い、頭がカッカして足が冷える、ピーン
 とした耳鳴がする、胸がドキドキして苦しい、吐き気がして食欲がない、手がしびれてふるえる、
 腰が痛い、背中が焼けるようだ”など、さまざまです。

次に、AさんとBさんの“うつ”の画像情報は、なぜ違うのでしょう。
 それは、“うつ状態”を引き起こした疾病の違いが関係しているように思えます。“うつ状態”は、
 うつ病、神経症、パニック障害、心因反応、PTSD、最近マスコミで登場する適応障害をはじめ、
 いろいろな疾病で生じます。“うつ状態”の原因が複数あること自体、“胃が痛い”という症状が
 胃炎、胃十二指腸潰瘍、狭心症など、複数の疾病で生じることと同じです。

  では、AさんとBさんの“うつ状態”を来した疾病とは。下の表にある相違点から、Aさんの
 場合、いわいる“うつ病”、Bさんが“心因反応”と診断されました。

Aさん

Bさん

表情

悲痛様で生彩さを欠く

苦痛様

受け答え方

言葉数が少ない、トボトボした口調で、アクセントに乏しい

苦しい胸の内を、強い調子で訴えられ、不安イライラ状態が感じとれる

意欲面

無力感や、何事にも億劫で、エネルギー感に乏しいのが印象的

現状を打開して、頑張りたいというエネルギー感が印象的

  最近、“うつ状態”は、激増していることに間違いないのですが、その多くは、Bさんのように
 明らかな心理・社会的ストレスによる心因反応、反応性うつ病によるものとされています。さらに、
 最近の知見では、その中に適応障害と目される方々が多く含まれるとの記載も散見されます。

治療開始する場合
 Aさんの第一選択剤は、もちろん抗うつ剤中心の治療になりますが、Bさんは、むしろ抗不安薬
 主体の薬物療法であり、比較的短期間
(10日前後)で効力を発揮するように思えます。
 当院で検討中の“うつ状態”の画像情報は、その原因となる疾病を視覚的に把握する手段として、
 また、治療薬の第一選択剤を決定する際に活用しています。脈の揺らぎ分析による画像情報は、
 患者さんに説明した後、印刷された写真を患者さんと治療者とで共有するのが基本原則です。
城山病院(熊本・精神科)